境内のご案内

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一関八幡神社 境内のご案内

社殿

めおと親子杉(家族杉)

古老が伝えるには、「昔、この場所に一本杉の杉があった。しばらくして根本が分かれて二本の杉となり夫婦となった。やがて娘の杉が生まれ、今度はそこへ一本の杉が婿養子にきて、四本の杉になったと…」
※平成22年8月31日 左奥の杉が落雷(古来神様の降臨であるとも伝えられている)を受け、右奥の杉が支えていましたが残念ながら東日本大震災二年目にあたる、平成25年3月10日より3月11日に強風のため東側へ倒れました。
しかし、根本には【もみじ】が小さくも、たくましく根を下ろしており、新たな生命の再生を感じることができます。

御祈祷申し受け所

手水舎

竹駒神社

御祭神

倉稲魂命

由緒

江戸時代、東山天皇の御代 元禄四年(一六九一)九月、一関藩主田村建顯が一関へ赴任した際に、この地に五穀豊穣また商業の発展を願い、それまでの田村家の領地であった岩沼より竹駒稲荷神社を勧請しました。
明治十年、藩士の谷津太郎吉により再建され、現在に至ります。
以来、商売繁盛の神様として市内の商いを生業としている方々により篤く崇敬されています。

天満宮

御祭神

菅原道真公

由緒

江戸時代、東山天皇の御代 宝永三年(一七〇六)一関藩主田村建顯が一関へ赴任の際、家臣の境澤彌三郎が藩内の学業向上のため八幡神社境内へ勧請しました。 明治三十五年拝殿を修繕、石壇を築造し、昭和十五年 境澤彌三郎の七世孫、彌太郎が玉垣と石垣、旗枠を修繕奉納しました。
書道の神様としても有名のため、戦前は子供らが自分で書いた書を奉納しており、現在でも市内の学問に励む学生や社会人に篤く崇敬されています。

八雲神社