境内のご案内

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相殿田村神社 境内のご案内

社殿

もと東京・田村屋敷にあったお社を大正年代に田村家が一関に常住するのに伴い、一関に移し、釣山の千畳敷に遷座したお社です。(それ以前も一関八幡神社へ相殿としてお祀りされています)
当時は材料・細工ともに素晴らしい社殿でした。
尚、田村神社は現在も変わらず一関八幡神社の社殿へ相殿としてお祀りされております。

一関城跡遺構柵

釣山(一関城跡)については、これまで小規模な内容確認調査を実施し、公園整備との調和を図っています。概ね確実な事蹟となると葛西氏の属臣の居城であった戦国時代末期以降のものとなります。この展望の開ける場所では溝に柱穴が伴う柵列と考えられる遺構が現在地表面1M程のことろで検出され、防御施設が整備されていたことが判明しています。またこの地に戦国末期を裏付ける遺物として菊花紋の美濃焼陶器が検出されており、中世山城としての存在は確実です。葛西氏没落後、伊達氏の支配となり、政宗の叔父である留守政景の居城となりましたが、以降城としての機能を持たないまま、藩政時代の田村氏の所領となりました。

おさん稲荷神社